水泡

とある曲を聞いて頭に流れた景色を言葉にして綴る場所。

H△G『星見る頃を過ぎても』

「さよなら」という言葉は物語を終わらせない為に、神様が作り出した。
そして、これ以上にない意地悪な呪文の1つだった。
 
何度唱えてみても、そこに意味なんて存在していない。
ただの言葉であることは、年を重ねる毎に痛い程身に沁みて行く。
 
その度に、現実か夢か、どちらか思い出せないくらい曖昧な記憶をいつも思い出す。
心に君が無責任に放った優しさが未だに私に探し物をさせている。
永久に見つからないかもしれない、君の存在を。
 
星が見つからない夜は月がこちらを見下ろしていた。
はっきり見えていた居場所を少しずつ、見失い始めていたことにわたしは気づけなかった。
あの時、純粋に抱いていた感情は何の濁りもなく、真っすぐだったのに。
 
 
わたしときみは何年か前に出会っていた。
蟬が鳴り止まず、どこもかしこも蜉蝣が揺らいでいた暑いあの夏の日。
学校も長期休暇に突入し、家庭の事情でおばあちゃん家に帰省していたあの時に。
わたしは友達がいなくて、いつも縁側でひとりぼっちで退屈そうにしていた。
それを見かねたおばあちゃんが、向いのお家にわたしと同じくらいの子がいると言った。
田舎だったから近隣の付き合いは都会よりは親密で、仲が良くて、わたしを連れて挨拶をした。
機械が作り出す冷気が漏れるあのちょっと懐かしさを覚える玄関先で。
第一印象はこれといって無かったけど、きみはとても笑うのが似合う子だと思った。
 
わたしはとても人見知りだったが、きみがいつも手を引いて、どこかへ連れ出してくれた。
 
我侭を言えないと自分を封じ込めて、らしくあることを演じることで少しずつひとりを覚えていたわたしに、知らないことをたくさん教えてくれた。
優しさ、強さ、傷つくことへの痛み、約束の仕方、ひとりじゃできない事を、たくさん。
 
好き、という感情はそのときは知らなかった。
好き、という意味をそのときは知らなかった。
何かに色をつける作業の一種で、ただの言葉でしかないと思っていた。
そこに想いが伴うことは、知らなかった。
でもちょっとずつ心の自由は無くなっていたのは、確かだった。
 
心の自由と違和感は比例して、徐々にわたしを蝕んでいた。
それに気づかないフリをして、きみとこのままでいたいと思った。
 
きみのおばあちゃん家で、一緒に花火をしたこともあったかな。
名も知らない星を眺めて、知っている名前を羅列したりして、お互いちょっとだけ見栄を張りたかっただけなのかもしれない。
 
でもきみといるとなんだかいつもよりも明るい夜のような気がした。
星が見えなくたって、雲で月が隠れていたって。
 
沢山のことを、沢山の日を過ごすうちにだんだんわたしはきみに心を開くようになった。
着々と過ぎ行く夏休み、お盆がやってきた。
いつまできみとここにいられるんだろうか。
永遠のように続くような夏休みをわたしは心のどこかで無意識に願っていた。
それは叶わずに、見失ってしまったけど。
 
いつまで経っても忘れられない、思い出の切れ端を握り締めて、わたしは今日も変わらず探している。
あの夏の匂い、アスファルトが照り返す暑さも、一緒に越せなかった冬の景色にも、きみの陰をいつでも探している。
 
名前も知らなかった星を見上げて、今ならどれも知っているのに、もう見えない。
迷いのない目で見上げていられたのに、全てが霞んで何も見えなくなった。
 
それなのに、繰り返すあの記憶は再生される。
それが最期だとは、誰も知らずに。
 
きみとわたしは同じ場所にお墓参りに向かうことになった。
わたしはオバケの類いが苦手で、きみの手を握りしめ、背中にくっついてずっと歩いていた。
 
するときみは、笑顔でこちらに振り返り、こう口にした。
 
「お墓ってね、僕たちのご先祖様が此所にいるんだよ。
だからね、ずっと僕たちのこと見守っててくれるの。
守ってくれるの。怖く無いよ。
おばあちゃんのおかあさんもおとうさんも、そのまたおかあさん、おとうさんがいるってことだから。みんな大切なひとたちだよ。
ね?こわくないでしょ?」
 
それを聞いてわたしは、きみの背中から離れて、その場所を自分の目でしっかりと眺め
「それってほんとうなの?」
と疑いつつも、次の言葉を待った。
 
そして、少年は自信満々の表情で、
「ほんとうだよ」
と答えた。
 
それはたわいもない会話だったのかもしれないけれど、ずっと忘れられずにいる。
 
「さよなら」も言えず
 
優しさも寂しさも悲しみもあのしぐさも笑顔も泣き顔も
 
その秋も
その冬も
つぎの春も
つぎの夏も
探した
 
失くした
見つけた
迷った
 
その時、初めて知った。
 
永遠なんてないことを。
 
『終』