水槽のクジラ「開け放つ窓」
明日の朝、僕は目を覚ましたらきっとここには居られなくなる。
そんなことを考えていたらもう夜中の2時を指す針。
ここには居られなくなっていた。
もう明日をとっくに迎えていたみたい。
あなたが最後に見ていた終わりの季節が巡って来る度に、その季節独特の匂いが僕の鼻をくすぐって、脳裏にあなたとの日々を昨日のことのように映し出す。
19歳の頃の僕らは退屈ばかりと嘆く僕にあなたは××へゆこうと誘った。
全ての事の始まりはそれだった。
もう此所にも、何処にも居ないとわかっている君を探している。
何度もこの目に焼き付けた君の姿、君と歩いた景色、君との、思い出。
何もかも消せそうに無いよ。
宙に舞った君の記憶はもう掴めなくて、どこか遠くへ走って逃げてゆく。
それと同時に僕の時間も止まってしまった。
瞳から流れる思い出と記憶は僕から隠すようにそこら中に開いたパラソル。
ああ、もう、邪魔だよ、何も見えない、何も見えないんだ、と。
そしたら、いつかここで覚えていたあの時のことも、どこかが欠けていて、だんだん薄れていった。あれ、あの時のことだけじゃなかった。全て、全てだ。
その現実は間違えじゃない。
でも何処かでもう一度、触れたいのなら目を開けて、そう聞こえた。
僕は花のように弱いのかな。
君といたあの日々はとても美しくて何が間違えだったのかもう気づけなくなって。
僕の名を呼ぶ君の声を忘れた。
冬がやってきて、窓辺で枯れている君に貰ったはずの花束。
愛していた、君との日々と、綺麗だったこの花を受け取った瞬間にはもう帰れない、戻れないんだよ。
気づけば春を迎えて花は咲き、散った。
そしてあの温かい陽の匂い。
それが離ればなれになる合図のように感じて僕らはいつも逃げ出せないままでいた。
僕はずっと、ずっと、君の事を覚えて居たかった。
でもきっといつかは忘れてしまうんだろうね。
君と歩いたあの道も、君と行ったあの場所も、君と見たあの景色も。
あの季節はまだ早くて冷たくて触れられなかった海の水、綺麗だって触れた花も、君が僕を振り向かせる度に叩く手の音も、もう同じようなものは無い。これが本当のさよなら、だね。
この部屋の窓を開けても、あの部屋の窓を開けても、家の下、笑顔で手を降る君はもう居ない。
手を広げて海の水に触れても、手で掬っても全てすり抜ける。
どこを見渡してもいない。
僕の姿が映ったその綺麗な瞳も、小さくて柔らかいその手も、誰からも愛おしいと思われていた。忘れないよ。
最初で最後、僕のつよがりだけど聞いて。
本当は もう いらない。
もう一度今日のように夜が襲ってきて、
怖くて目を閉じて眠ったら、
そして次の朝を迎えたら、
もう きみの こと わすれるよ
『終』