水泡

とある曲を聞いて頭に流れた景色を言葉にして綴る場所。

あめのむらくもP『エリカ』

終電という名の、今日に区切りをつける電車に乗り過ごさないように、がむしゃらに走った。

ホームに鳴り響く、警告音と人々が発する騒音に紛れ込んで。
息を切らして、滑り込んだ車内で整える。
暗闇越しに映る自分自身を眺めながら、いつか何年も前に知った虚しさが再生される。
 
「いずれは何もかも、ふとした瞬間に消えてしまうのに。
どうして人は今日と変わらぬと約束されると日々を仮定し、無下にして明日を創り上げるんだろう。」
何回も何十回も考えても答えは一度として出た事は、ない。
 
この地に生を授かって僕は何年息を続けてきたのか、数としては認識できるのに、事実として、受け止めることはきっと、ずっと出来ない。
その間にそれなりの知識を携えたはずなのに、わからない事、物は日に日に増えていった。
小さい世界から大海原に放たれて溺れそうになるくらい、社会に沢山の何かが溢れかえりすぎた。
 
求めても、求めても、答えは出ないし、教えてもらえないこともわかっている。
だけどこの日に、毎日に意味が欲しい。
じゃないと、僕は僕であることすらも肯定出来なくて、いつしか全てを忘れてしまう。
 
抱えているものを少しずつ落として、拾ってくれる誰かを待っている。
でもそんな人は居なかった。
歩いた印だけがそこに残って、薄っぺらい記憶だけが脳を通り過ぎた。
 
そこで流れる景色が途切れて、扉が開く。
僕の思考もそこで、一旦中断。
 
流れに沿って歩く。
どこへ向かうのか、目的も知らない人と流されるまま、出口へと向かう。
 
繰り返すこんな毎日に他人は満足しているのだろうか。
俯く人の群れに笑顔や光など、1mmも感じとることが出来ない。
 
結局みんな何かが足りていない。欠落している。
アレが欲しい、コレも欲しいと集めてみても、満たされたのはその瞬間だけ。
経過が進むと、また心のどっかで何かを求めて寂しくなる。
じゃあ、何で埋まるんだろう?何で満ちるんだろう?
 
SNSで幸せそうな顔して映る写真も、それを眺める側の劣等感も、両者が正しい。
僕はこんな風にはなれないと、それでも私は満ち足りないと、いう感情も。
 
福利厚生が充実した会社で、上司も同僚も優しくて、休日は趣味に時間を割いて。
幸せじゃない訳じゃない、きっと。
それなのに何故だか物足りなくて、今日を終えることを怖がっている。
明日が僕を迎えにくることを恐れている。
だから今夜も眠れなくて困っている。
 
そんな僕を見透かしたように、風が吹かない窓辺で揺れるエリカ。
 
 
今、僕の足が向く方向は正しいのか、そう思ってしまう。
太陽が昇る前にの冷たい空気の中で、迷った。
 
集団行動という何かを植え付けられ、誰か同じであること、それが正しいと枠に填められて教育されてきた。個性が足りないと言われ、個性を欲しがる同じ個性にまた君も埋もれて。
本当の「個性」を知っていると、人一倍孤独も育って行く。
理解されたい近づきたいと思えど、誰にも触れられず、遠くから同じようなフリだけをして生きてきた。
 
それでも誰かのことを好いてしまうこともあったらしい。
感情は人並みにあった。
でもその隙間を埋めたくて発したかった声は、交わせない言葉の多さ故に掻き消された。
大丈夫と、心の奥で自分自身を守って、広げた手も、何にも触れられなかった。
 
結局、何かじゃなくて、誰かが足りなかった。
心のどこかが侘しいのは、一人でいる自分に対してだった。
何時見つかるんだろう、何処に居るんだろう。
僕を、満たしてくれる、誰か、は。
 
独りじゃ満ち足りないのはそれだけで、大切なものは沢山ある。
だから幸せじゃない訳ではない。
でもそれだけじゃ生きてはいけないと知っている。
だから、今夜も眠れなくて参っているよ。
 
そこに前からいたような存在感で、咲いているエリカ。
 
 
何が足りないか気づいたが、満たす方法を知らなかった。
だからもっと増やした。好きなアレもコレも、集めてみた。
でもやっぱり心のどっかが寂しい。
何で埋まるの?何で満ちるの?
そうでなければいいと、希望を込めて僕は問うた。
 
結局、僕らは悲しい。
何故だかわからないけど、何かが悲しい。
それでも僕らは隠して笑わなければならない。
その隙間をこれで埋める、これで満たすの。
 
だから一人になりたくないと願う。
それだけがある決意をしたこの日の邪魔をする。
お願いだから消えて欲しい。
それすらもまた悩みの種になって、今夜も眠れなくて、参っている。
 
まだ静かにそこで咲いているのは、エリカ。

 

『終』