水泡

とある曲を聞いて頭に流れた景色を言葉にして綴る場所。

成田痳『一万二千円の恋』

人々は他人と自分を比較して自分自身の価値を図ろうとする。

私はせいぜい一時間、一万と二千円ぐらいのものなんだろうな。
もっと高い人なんて腐る程、居るんだろう。
なんて不貞腐れながら、ピンクの光がキラキラと輝く街を歩く。
今の私には眩し過ぎるから、俯きながら、それらを踏みつぶすように。
 
辿り着いた夜の駅のホームで、到着を知らせるアナウンスが鳴る。
目の前を通りすぎる乗客の少ない電車を見つめ、溜まらなく息苦しくなる。
そして、留めていた何かが溢れ出して、思った。願った。
「このままあと一歩踏み出せたらいいのに」と。
 
幼い頃抱いた夢は何の疑いも無く、叶うと信じていた。
年を重ねるごとに知る、才能というなの諦め方。
いつの間にか腐っていた、輝いていたであろうはずの夢が。
腐敗臭がする前に、腐りかけていると気づいた瞬間に何一つ躊躇いも無く、生ゴミとして処分してしまった。
 
こんな考えを巡らせながら、この線路に飛び込んだら全部楽になるかな。
くだらない生きるためだけにこなす仕事も、本当は諦めきれない私を縛りつける夢も。
そんな考えが頭を過った。
 
だけど怖くて、足が震えて、目の前に恐怖に怯えてその場に座り込んだ。
気づけば涙が右の頬を滑り落ちていた。
 
そんな私を迷惑そうに遠目から見つめながら、電車に乗り込む人の群れ。
何があったのかと、好奇な目もこちらを向いている。
そんな中にいる一人のサラリーマンの胸ぐらを掴んで、爪を立てた。
 
これが何かを解決する術の一つにすらならなくて、悪い事だとはわかっている。
けどいつでもたった独りで、誰かに愛がなくとも叱って欲しくなって。
 
明日になってしまうのが怖くて、夜目を閉じると今日と変わらず私を迎えにくる朝も怖くて、目が閉じられなくなった。
 
その躊躇っている背中を僕が押してやるから、怖くてもそこから飛べよ。
君の人生はいつになったって報われることなんてないから、もういっそ死ねよ。
そんなことを思っていても、こんなにも夜空が綺麗だから、やっぱりその足で飛べよ。
来るかどうかもわからない明日に希望なんて託すなよ。今日で終わらせちゃえよ。
 
前編
 
『終』

須田景凪│バルーン『雨とペトラ』

いつか空は灰のように脆くなって、この地に落ちるって誰かが言っていた。

僕は退屈に染まったいつもと同じこの街に立ち止まったままどこへも行けない。
それに何か反抗したくて日々を妄想に費やして何とか遣り過ごしている。
そうやって何かに対して期待も希望もせずに境界線を引いてしまうのをあの人との共通の感覚で居られるような気がしているからだろうか。
でも何処かであの人が見れなかったこの先の景色が少しだけ見たいと思っているはずなのに。
あの時枯れてしまった色に染まった瞳すらも愛しくなるのかな。
僕が今、目を瞑ってしまったら雨が降ったら駆け出すのにも気づかず、きっとあの頬を濡らして、あの姿ももっと遠く霞んでしまう。
段々煩くなる雨の音に哀しみを重ねてしまう前に、その顔を堪える前に、笑い飛ばしてくれよ。
 
いつかため息は夜に化けて、唄を歌うと嘘みたいなこと誰かが言っていた。
僕を誘導する嘘を包んだ優しさをなぞったせいで、本当は大事だった人達が離れて行く声に気づく事が出来ない。
あるはずだった場所にそれは無くなって、辺りは静かに悲しみに揺れていた。
夜が地上に落ちてそれを朝が捕まえにきたら、きっと今日という日の僕を責め立てるんだろうな。
夢ばかり見続けて、何一つ変わらぬ日々のそこで見たらされないまま、ずっと。
見たく無いと逸らしてきた過去と不安ばかりの未来。
ずっと後悔と哀しみの隙間に挟まって、取り残されてしまう前に手を伸ばしてあげなきゃ。
 
雨が降ったら、きっと。
また雨が降ったら、もっと。
 
降り止まない雨に濡れながら湿るアスファルトを背中に映すみたいに、俯いていた。
「明日は何か変われば良いな」なんて独りぼっちで呟いて。
 
あの時枯れてしまった色に染まった瞳すらも愛しくなるのかな。
僕が今、目を瞑ってしまったらあの人は傘も持たず駆け出すだろう。
そして雨が降ったらきっとあの頬を濡らして、あの姿がもっと遠く霞んでしまう。
段々煩くなる雨の音に哀しみを重ねてしまう前に、その顔を誤摩化す前に、笑い飛ばしてくれよ。

12luck『泣けど喚けど朝がきて』

午前五時 空は僕の願いを素通りして白んでゆく。

「夜が明けなければいい 
しばらくここに、どうか居させて欲しい」
誰もが独りでいることを許されるような この時間だから。
 
誰もが知る、綺麗で季節を象徴するあの花は皆受け入れる。
「どれもみんな綺麗だ」なんて大した知識もないくせに、偉そうによく言うよ。
その影で咲く名もなき花は踏みつぶされてしまっていることにも気づかずに。
 
何もかもに値段をつけて、価値を図りたがるこの街は、自分らしさや個性を求めたがるのに、意図も容易く自分自身の中にある小さなものさしではかって、安く見繕う。
時間をかけて見つけたそれを否定され、うなだれる僕らの感情なんて知らない今日は逃げ出して、明日を追い掛ける。
 
金も銀も銅も鉛も、稀代の名画も、数多の駄作も、夜の闇は平等に全てを黒く染める。
だって価値なんて、知りやしない、有りもしないんだから。
全てが見えない世界なら、こんな僕の事さえも許してくれるだろうか?
 
「どうか夜よ、明けないで欲しい。
薄暗いこの時間を。
この時間にしばらく居させてくれ。」
僕が僕として存在することさえも許されるような気がして。
 
そして今日もまた叶わぬ願いを噛み締めている。
 
また朝がやってきて、今日という日が始まる。
その光が僕という人間を晒し上げる。
それと同じ光が、誰かの居場所を彩って新しい一日を作り出す。
 
SNSに見落とす程溢れる情報も、その人を支持する安っぽいただの数字も、共感したふりをしてして押すボタンも、誰かの意思を現実的に表している。
 
「みんな違ってみんないい」なんて、似たような人ばかり集めて、個性が溢れた人々は弾くくせに、無責任によく言うよ。
 
何もかもに値段をつけたがる街の中で、価値がないと売れ残った。
意味が無いと見捨てられた才能とも呼べないかもしれない何かを抱えて、うなだれている。
そんな僕らを放って、この星は勝手に回って行く。
 
浮かれた街に流れるテレビやラジオ、そしてタイムラインに溢れる笑顔。
それが時々虚しくなる、怖くなる、孤独なのが僕だけかもしれないと。
でも夜の闇に紛れて今だけはそれら全てが眠っている。
この静けさの中でなら独りだということも許せるんだよ。
 
だから
 
「どうか夜よ、明けないで欲しい。
薄暗いこの時間を。
この時間にしばらく居させてくれ。」
僕が僕として存在することさえも許されるような気がして。
 
そして明日も同じ叶わぬ願いを噛み締めている。
 
今日も変わらずに朝がやって来て、孤独という言葉を強くさせる。
通学中の学生の楽しそうな声が街に響いて、また新しい一日が始まって行く。
繰り返しのようで、二度と戻れない今日が。
 
あの人は、あの子はってどうせなれもしないし、なろうと努力もしないまま、
輝くものを妬んで、正統化した理由を並べている自分が全部悪いんだろ?
まだ大丈夫って自分を信じている間は救われるんだろう?
 
「辛くても笑え 前を向け」
「明日はきっと素晴らしい」
そんな綺麗ごとを並べて、手を差し伸べるふりをしたり、救いを求めているくだらない星で、今日も僕らは生きている。
 
こんな世界に縛り付けられて、
幼い頃は「夢を持ちなさい」と、
大人に近づけば夢に駆り立てられた僕を「まだそんな夢みたいなことを言っているの?いい加減現実を見なさい」と言われる。
そんな風に二重螺旋の鎖は今日も解けないまま、立ちすくんでいる。
 
もう嫌だって、無理だって、苦しいって、助けてって、泣いても喚いても
過ぎ行く時間には抗うことが出来ない。
 
そして
 
今日も変わらずカーテンの隙間から日差しが漏れる。
朝が僕を迎えにきて、
再生される周りの視線が価値を図る景色が脳内で再生される。
それから逃げるように布団を被っている。

kozumi『窒素』

こんな生活なんてって本当は思っている。

気持ちは落ち着かずに時間と季節だけが過ぎて、私を置いて行く。
肌寒い風が知らせる、経過。
ああ、もうあの日に似た、9月だ。
だけど今までのこと全部無かったことになんて出来ないから、私は私に沢山嘘を重ねる。
 
「苦しいことなんてないよ」
君がいなくなったこと以上に苦しいことなんてない。
「何とかうまくやっているよ」
君に頼りっぱなしだったのに急にうまくできないよ。
 
継ぎ接ぎみたいにバラバラになった思い出を全部並べて、君を丁寧に思い出す。
あの時二人で行った場所、その時一緒に食べたご飯、見た景色。
何度通ったってそこには居ないのに。
わかってる。
わかっているんだけど。
私だけここに居て、ここでちゃんと息をしている。
 
「わたし、これからずっと孤独だよ。」
そう呟いてみても、誰も救ってはくれないし、見向きもしない。
 
会いたい、君が居た町に帰れば会えるのかな?
帰りたい、君が居るはずのあの場所へ。
 
元には戻らない昨日。
昨日を抱えて、薄れて行く明日。
でも最後は同じであって欲しい。
 
君が居た証拠は私が生きている証拠。
 
息をしているから。
ここにいるよ、ねえ。
 
君が居た過去が愛おしい。
明日なんて本当は欲しく無いんだ。
 
明ける夜が怖い。
いらない、明日なんていらない。
 
君がいた、あの日。
あの日に、私を帰して。
 
1人じゃこの町で息も出来ないよ。
ねえ、どこにいるの。
 
あの日に、私を帰してよ。

ユアネス『あの子が横に座る-前編-』

過去という事実がこの世に生まれ続けるのだとしたら、後悔は一生僕の後ろを着いて歩く。

 
ついこの間まで夕方と夜の間では空はまだ赤かったはずなのに、いつの間にか暗闇が時間を追いかけて、この場所には君すらも居ない。
 
アスファルトに刻まれた白い線、ずっとこんな風に真っすぐ信じて歩いていけると思っていた。
 
いつかは絶対叶えるんだって小さい頃に描いた夢への地図も、日々を重ねる度に嫌でも才能の無さに気づいて、それがいつしか重荷になってしまった。
 
それでも、諦めきれなくて。
やっぱり、諦めることはできなくて。
 
頑張り続ければきっと、いつか、叶う。
なんてこの年になっても信じている。馬鹿みたいに。
そして探している、あの頃きみが差し伸べてくれた手を。
明日が絶対来る約束なんて出来ないのに。
 
そんなことを思ってしまうのは記憶の中で埋もれてしまった君との会話のせいかな。
あの言葉の続きは、結局聞けなくて。
未だに僕の中で置き去りにされている。
 
『続』

ひかりのうみ

ひかりの海に投げ捨てた、硝子の瓶。

日を重ねる毎に手の届かない場所へと流れて行く。

知らぬ間に欠けた思い出の切れ端は、徐々に水を吸い込んで重みを増していく。

 

沈んだ奥の、奥の先に、「いつか」を追いかけるようになった僕の後ろ姿が、目の裏に焼き付いている。それが何だか操り人形のように見えて、繰り返す呪文で自分自身を保ち続ける。

 

文字には起こしようのない言葉と気持ちを束ねて流し、全てを失ったフリをした。それが丁度良い温度と言い聞かせて、振り返った。

 

消し去られる一秒。

押しては引いて、また重なった。

陰だけ置いて、呼吸を止めた。

 

霞んだ、底の底に、空気を全て飲み込んで巻き戻せない時間を回収する。

スロウハイツと太陽『空蟬』

あれから何回目の夏を迎えたのだろうか。

今日はいつもより少し暑くて、何となく気が遠くなる。そしてあの日に似たこの虚無感はきっとこれからも忘れることはないんだ、と僕は毎年思う。

 

その季節を象徴するようなヒグラシの鳴き声はいつも耳に響く。

いつも通りすぎる駄菓子屋では、夏になると決まってサイダーを売り出す。

それを手にして、乾ききった喉、心を満たすように一気に飲み干す。

 

『この瓶の中のビー玉って取れないのかな?』

「頑張ればとれるかもしれないけどさ、この蓋外さなきゃいけないから僕らには無理だよ。瓶割ってもとれると思うけど、危ないよ。」

 

なんて、小学生が決まったように話すこの台詞。

 

触れようとすれば手の内から抜け落ちるように無くなり、

この関係を壊してしまうのも怖くて、結局何も出来ないままで。

ビー玉は光を吸収し、乱反射を繰り返す。まるで安定しない僕の心みたいに。

 

あれはいつかの夢だった。君に触れた。君を抱きしめた。

それはまるで現実のように、温かくて、僕の傷を深くした。

 

諦めてしまえばきっと、

遠ざけることが出来ればきっと、

時を重ねる毎にどんどん、どんどん、綺麗に忘れることが出来るのだろう。

 

でも何故か、それが出来なくて、言えなくて、

ありがとう、も、ごめんね、さえも。

 

そしてあっという間に季節は僕を置いて行く。

 

本当に好きだった。

 

呟くように無理矢理吐き出した声は床にそのまま落ちて、君の耳に届くことは一生無かった。

 

きっとこの先開くことのない、学生時代飽きるくらい読んだ本の間にそっと預けておくよ。また懐かしいねって笑えるくらい僕が強くなった時、もう一度その気持ちを迎えにいくから。

 

『終』