スロウハイツと太陽『空蟬』
あれから何回目の夏を迎えたのだろうか。
今日はいつもより少し暑くて、何となく気が遠くなる。そしてあの日に似たこの虚無感はきっとこれからも忘れることはないんだ、と僕は毎年思う。
その季節を象徴するようなヒグラシの鳴き声はいつも耳に響く。
いつも通りすぎる駄菓子屋では、夏になると決まってサイダーを売り出す。
それを手にして、乾ききった喉、心を満たすように一気に飲み干す。
『この瓶の中のビー玉って取れないのかな?』
「頑張ればとれるかもしれないけどさ、この蓋外さなきゃいけないから僕らには無理だよ。瓶割ってもとれると思うけど、危ないよ。」
なんて、小学生が決まったように話すこの台詞。
触れようとすれば手の内から抜け落ちるように無くなり、
この関係を壊してしまうのも怖くて、結局何も出来ないままで。
ビー玉は光を吸収し、乱反射を繰り返す。まるで安定しない僕の心みたいに。
あれはいつかの夢だった。君に触れた。君を抱きしめた。
それはまるで現実のように、温かくて、僕の傷を深くした。
諦めてしまえばきっと、
遠ざけることが出来ればきっと、
時を重ねる毎にどんどん、どんどん、綺麗に忘れることが出来るのだろう。
でも何故か、それが出来なくて、言えなくて、
ありがとう、も、ごめんね、さえも。
そしてあっという間に季節は僕を置いて行く。
本当に好きだった。
呟くように無理矢理吐き出した声は床にそのまま落ちて、君の耳に届くことは一生無かった。
きっとこの先開くことのない、学生時代飽きるくらい読んだ本の間にそっと預けておくよ。また懐かしいねって笑えるくらい僕が強くなった時、もう一度その気持ちを迎えにいくから。
『終』