水泡

とある曲を聞いて頭に流れた景色を言葉にして綴る場所。

イロムク『恋煩い』

 近頃安定しない天気のせいで毎朝天気予報を見るのが日課になっている。今日は天気が悪いようだ。傘を忘れずに持って行かなきゃなと玄関で靴を履きながら思っていた。そこへ彼女がやってきて雨が降る日には必ず「傘忘れないでね」といつも言ってくれる。そんな言葉のやり取りは忘れがちな僕への小さな優しさだった。

 ある日その優しさに疲れた僕は否定した。今日は雨なんか降らないと。その次の日から受け取ることが出来なくなった。きっとお互いが死んで来世君とまた一緒になるまであのやり取りは繰り返すことは出来ないんだろうな。未だにどこかでその優しさを抱えている君に会いたいとそう何度も思っている自分が嫌で、君のことを嫌いになりたい。君が僕に渡してくれた言葉も全部嫌いになれればいいのに。ああ、今日も雨が降りそうだ。

 季節が変わって温かくなっても、あの寒い日君の右の掌を包んだ、僕の左の掌は、君の生温い温度を忘れられずにいる。そんなことさえも思い出してしまういつも通りの朝は、時々急に胸の奥で疼き出す傷は君への思いがまだ残っている証拠。頭ではわかっているのに、忘れてしまいたいと思っているのに、どんどん積み重なって行く思いは日に日に重くなって行く。嫌いになりたい、嫌いになりたいんだ、君のことを、と何度唱えたって僕の記憶からは消せそうにないなって一人で笑った。声にならない声で笑った。君と何年同じ空気を吸って、君と同じ時間を過ごしたこの部屋から、毎晩君と見た景色を眺めていつも思い出している。やっぱりこの傷は消せそうにない。僕は君と過ごしたこの場所を離れることにした。

 

「終」