水泡

とある曲を聞いて頭に流れた景色を言葉にして綴る場所。

T/ssue『塩釜口』

 久しぶりに帰ってきた、故郷の地。確か改札を出て二番出口だったっけな。帰ってこないうちに色々変わっていた。駅構内も、駅前の景色も。唯一変わっていないのは、どこにいても忘れることの出来なかった、時々ふと思い出すあの子との昔の約束。

 僕と君以外は誰も知らない、聞いていないあの約束。あの日の思い出。今ここで全部忘れてしまおう、ここに置き捨ててしまおう。きっと君に会うこともないだろうから。

 全て変わってしまったと思っていた景色の中に、唯一変わっていないものがあって。あの日君と約束した場所。実家に帰るときに乗ったタクシーの窓から眺める風景にふいに横たわった。その時少し君に会いたいと連絡してしまいそうになった僕が居た。

 次の日、地元を歩きながら懐かしんでいた。どこかで君に会わないかなと心に小さな期待を抱いて、歩いていた。やっぱり君には会えなかった。昨日あそこに思い出を置き捨てて正解だったな。今まで捨てられなかったのはきっと、僕がこの地を離れても君は僕を必要とし、だらだらと名のない関係を続けていたからだろうか。あの時嫌気がさして君との関係を切ったのは僕。今更いつも皆に内緒で会っていた「塩釜口」に来てなんて言えそうにないな。

 あれから長い月日が経ったけど、君はどうしているのかな。僕が今も君のことを思っていることが、君のもとに届いていれば、僕をどう思うかな。都合のいい男だと思うだろうか。それとも、もう何も思わないかな。

 明日から仕事の為、都内の家に帰ることになった。短い間だったが、実家はやっぱり居心地が良かった。でも君には会えなかったな。これで良い。これで良かった。そう思いながら塩釜口へ向かった。そこにあの時と変わらない君が居た。思わず話かけてしまったが、君の左手の薬指には指輪が光っていた。もうあの時の約束は果たすことが出来なかったんだと、帰り際この間捨てた思い出と同じ場所に捨てた。その時僕が吐いた「お幸せに」にはどんな思いが含まれていたのか、自分でもよくわからなかった。

 

「終」